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デントリペア講師インタビュー 校長石原・講師佐竹

デントリペアスクール デントリペア講師インタビュー 校長石原・講師佐竹

ヘコミ救急隊デントリペアスクールの校長石原と、講師の佐竹から、当時受講生へ向けてのメッセージです。独立開業をするときに苦労や、デントリペア職人として独り立ちする苦労などを語っています。


佐竹さんのデントリペア職人の起業当時のエピソードをお願いします。

デントリペアで独立開業すると決めても、生活出来る人と出来ない人がいます。デントリペアの仕事が一つでも欲しい焦りから、凹みやキズを直せない場合でも、修理出来るなんて言ってしまったことがありました。結局、修理出来なくて、後でトラブルになった事があります。
とにかく、デントリペアに拘ってとにかく食い下がって欲しいですね。自動車業界に入ったからには、せっかく身につけた凹みの技術が無駄になってしまいますしね。

講師の佐竹。デントリペア開業次代を思い起こして涙ぐむ

僕も脱サラして、車の凹みを修理するこの仕事をするようになったんですけど、自営業になった瞬間に経済的に食えなくなってしまいました。その時、子供が「儲かったらディズニーランドに行こうねって」って。子供に儲かったらって言われた時に、もう愕然としたというか、「俺、何やってんだろう」って思いましたね。悔しくって涙が出てきました。

具体的に言うとお客さんに手を出してお金下さいって言わないといけないって事。サラリーマンは、待ってると給料が毎月自動で入って来る。だから、自分がやった事に「俺はこれだけの仕事したんだから金をくれ」って手を出してお金を求めたことはないはず。

デントリペア職人として独立をして、自分の技術に対して、見積もりを出して、自分でお金を下さいって言わなくてはいけないんです。最初はすごく違和感があって言えなかったです。サラリーマン時代と比べて、この壁が結構ありましたね。でも、そういう事を気にしているとデントリペアで独立することも成りたたなくなるので、見積もりを出した料金は、必ず貰うように、頭を切り替えてやるようにしましたね。


石原さんからのデントリペアの起業当時のエピソードをお願いします。

僕の場合は果てしない自由が怖かったです。自分が社長なので、自分が仕事行かないって、自分が決めることができるんですよね。

デントリペア職人として独立開業をした時はまだ大学3年生でした。学校に通いながら仕事してたんですけど、それこそ代表取締役の名刺もって大学行って「社長なんだぜ」って皆に名刺配りまくって「えー石原くん青年実業家じゃん」って言われて、すごい天狗になってましたね。

だけど結局仕事はゼロで、外に営業に行けば相手にされないわけなんです「なんだあんちゃん社長かい」って、、代表取締役って20歳で言ってましたから、すごいナメられたし、すごいバカにされた訳ですね。

校長の石原。デントリペアで独立当初は苦労の連続

あの時、今の知恵があれば技術師とか技師とか入れたと思うんですけどね。そういう事から自営業なんで相手にされないから営業行かないっていう自由も選べる事ができるんですよね。でも、その自由を選び続けていたら運転資金がなくなって生活できない感じになってきて、その時は独立して初めて後悔しました。それと同時に、自由がこんなに怖いもんだっていうのがわかった気がしましたね。

だから、いくらでもサボれるし、何にもやらない自由もあるんですね。でもその自由のツケッていうのは結構シビアだなっていうのが一番最初、開業したときの印象です。あと、稼いだお金を使う自由という事がありますね。稼いだお金を沢山使って車を改造したり、色んなものに使ったりするのもいいんだけど、稼いだお金を更に自分に磨きをかける為にビジネススクールに行って自分をレベルアップさせる為にお金を使うっていう自由もある訳ですね。

自由に関して、僕からはこうしなさいって事は言わないですけど、「これは知っといたほうがいいよ」「こういうのはあった方がいいよ」とかは教えていますね。そう考えると自由ってちょっと怖いんです。だから自営業の世界へようこそって感じですね(笑)

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